猿啄城跡(さるばみじょう)

国道21号線の美濃加茂から岐阜方面に向かう途中の坂祝(さかほぎ)という町を走っていると正面の山の上に小さい櫓のような建物が目に入ってきます。 21号線坂祝バイパス一前の交差点に勝山という場所があり、そこに「猿啄城展望台」の看板が見えます。 今回は初めてこの猿啄城を攻めてみました。 事前の調査では標高こそ260mとのことですが城跡展望台までは全長900mそこそこということで、30分ほどでつけるのではないか?という楽観的な考えで突入しました。

この「猿啄城」、単純なお城の跡かと言えば、そうではありませんでした。 結果的に登城中に出会った人たちの格好はすべて、登山スタイルの方々で純粋に城跡が目的で登っていたのは私のみ。 この場所がいかに手ごろなハイキング登山のコースとして認知されているかが分かりました。 もちろん、お城としての案内板、歴史的な説明書きもあってとても親切な城跡です。 ところが最初からとんでもない間違いを犯して別の山に登って行ってしまうという大失態・・・。

 

十数台停められる駐車場があるんですが、そのすぐ脇に登り口があるので、私はてっきり、ここが登り口と勘違いして意気揚々と登り始めてしまったのです。 ところが道はどうやら中電の鉄塔整備のための道で城跡には直接、繋がっておらず別の山だということが15分ほど登った所にある鉄塔まで着いたところで気が付きました。 鉄塔から撮った写真が最初の写真で、櫓が見えて初めて道うの間違いに気が付きました。

 

なので、潔く撤退し、元の場所に戻ります。

 

 

50mおきくらいに、このような残りの距離を書いた看板が励ましてくれます。 ホント、こういう時はマイペースがいいのです。 慣れている人と慣れていない人では体力もペースもまったく違いますからとくに二人以上で行く場合には休憩するなり、ゆっくり小股で歩いていくのが良いです。 登り始める、いきなりの場所に御嶽教に関連する社務所のような建物があり、その中を抜けて登り始めると意外に石碑のようなものの多いことに気がつきました。 墓所であったり、神社であったりと色々ですが何か、信仰のようなものがあるんでしょうか?

これが櫓の正体。 下から見えるのとでは多少イメージが違いましたが山頂はこの程度の広さで本当にお城なの?というほどの広さ。 ただ、尾根で隣の間違えて登った中電の鉄塔がある山とつながっているので、この城だけというよりは尾根伝いに城域が展開されていたんじゃないかと、私は見ています。 もしくは城というよりは見晴らしのよさから考えて、展望台そのもの、、、戦国時代で言えば見張り台としての役割の方が近いのではないか? そんな気がしました。

山頂からの眺望はさすが!というしかありません。 犬山や美濃加茂はもちろんのことJR高島屋や小牧山城、ナゴヤドーム、運が良ければ伊勢湾まで見えるという、さすがに戦国の山城は素晴らしいです。 これだけの眺望があれば、攻めてくる敵がかなり遠くからでも確認ができます。 ただ、城には必ずと言っていいほどあるはずの堀切であるとか、そういう城独自の建造物がほとんど見られないのは城好きとしては残念でしたが、この眺望だけでもお得感がありありです。 この日は冬日で寒い日ではありましたが天気は良く、山の木も枯れていることからさらに景色が良く、なかなかいい日に当たったのではないかと思います。